鏡を見るのが日課だった僕が、いつしか鏡から目をそらすようになったのは、28歳の頃だった。シャンプーのたびに指に絡みつく抜け毛、スタイリングしてもすぐにぺしゃんこになる髪。明らかにAGAのサインだった。でも、僕はそれを認めたくなかった。「まだ大丈夫」「気のせいだ」。そう自分に言い聞かせ、見て見ぬふりを続けた。最初の1年は、生え際が少し後退した程度だった。しかし2年目に入ると、進行速度は明らかに加速した。友人から「おでこ広くなった?」と指摘され、心に杭を打ち込まれたような衝撃を受けた。そこから僕は、帽子が手放せなくなった。夏でも冬でも、室内でも、帽子をかぶって頭を隠す。それが僕の鎧になった。3年目には、頭頂部の地肌がはっきりと透けて見えるようになった。合わせ鏡で自分の頭頂部を見た時の絶望感は、今でも忘れられない。それでも僕は、クリニックに行く勇気が出なかった。治療費への不安、そして何より「AGAである」という確定診断を受けるのが怖かったのだ。4年目、5年目と月日は流れ、僕の髪は誰が見ても「薄い」とわかる状態になっていた。久しぶりに会った親戚からは憐れみの目を向けられ、恋愛にもすっかり臆病になった。失ったのは髪の毛だけではなかった。自信、積極性、そして笑顔。すべてを失っていた。そして33歳の誕生日、僕はついに鏡の前に立ち、帽子を取った。そこに映っていたのは、自分でも知らない、老け込んで自信なさげな男だった。このままじゃダメだ。僕は、失われた五年という時間を取り戻すことはできない。でも、これからの未来は変えられるかもしれない。その日、僕は震える手で、AGAクリニックの予約を入れた。